ダジャレに走ってる6回目


空気を読む、ことなんてできない
空気を読むって何だ?
自分がどうあるべきかが判断できることか?
その場の空気が読めても、だからってどう行動すればいいかが決まるわけじゃない
「空気を読め」という言葉の威力は絶大である
しかしそれは、その場に居る全員の総意ではない
あくまで発言者の意見・感想だ
「その行動は私の求めていたものとは違う。気分を害した」
という意味を持つ
勝手過ぎだよ
空気とは、文字通り空気だ
読むことはできない
基本的には見えない
空気は空気だ
そんなもんぶち壊しちまえ
食らい尽くす気で行け
・・・空気を食う気・・・




絶対に正しいものはない
ならば個人的に信じるしかない
だから信仰は必要だ
信仰(=仮定)しなければ話は始まらない
なぜなら全ては疑えるからだ
言葉の定義も信仰
・・・信仰してから進行そして親交。そんな深更(夜明け)・・・




テキトーなのも含めて社会なんだろうな

テキトーな投票もきちんと反映されて
テキトーな意見も聞き入れなきゃいけないし
テキトーでもバレなきゃ良いし

テキトーに基準は無い
テキトーな証拠は無い
テキトーでも多数決で勝てばテキトーでなくなる
テキトーだと決めつけたほうもテキトー

それはテキトーすぎるから無効。という意見も多数決で勝たねば意味はない
この世界の半分はテキトーにできてるのだ
自分を信じれば良いのだ
時には孤独で良いのだ
テキトーだと言われても良いのだ

ということでテキトーは無くなりません
善悪のバランスが崩れないように

※適当≠テキトー
 ●「善悪のバランス」って何のことだろう?



思い貫くことと、思いつくことは違う
この前ああ言ってたのに、って
それは思いついたから書いただけだよ
 ●これもっとちゃんと言っておいたほうが良いんじゃないのか



061022修正
090514ちょっとだけ修正